【保存版】なぜ日本でアガベは「熱狂」に変わったのか? ストリートと園芸が融合した10年史
「植物」が、スニーカーやヴィンテージデニムと同じように「資産」や「ステータス」として扱われる。
そんな不思議な現象が、今、日本のアガベ界隈では起きています。
かつては「サボテン好きのおじいちゃんの趣味」だったアガベが、なぜ若者を巻き込む一大カルチャーに進化したのか?
その歴史を紐解くと、いくつかの重要な「企業」「個人」「出来事」が浮かび上がってきます。
今回は、日本のアガベブームを決定づけたトレンドの変遷を、時系列で振り返ります。
【黎明期】2015年〜2017年:ファッションとしての発見
この時期、アガベは「園芸」の枠を超え、一つの「カルチャー」へと進化を始めました。その中心にいたのは、間違いなくこの人物です。
絶対的なカリスマ:滝沢伸介氏(NEIGHBORHOOD)
日本のアガベブームを語る上で、決して避けては通れない最重要人物。
それが、世界的ストリートブランド『NEIGHBORHOOD(ネイバーフッド)』のデザイナー、滝沢伸介氏です。
彼は自身のブランドから植物ライン「SRL (Specimen Research Laboratory)」を立ち上げ、「植物はファッションであり、ライフスタイルである」という価値観を世に提示しました。
黒を基調とした洗練された鉢やギア、そして彼自身が愛する極上のアガベや塊根植物の姿は、裏原宿カルチャーを通ってきた男性たちに衝撃を与えました。
「滝沢氏が持っている植物が欲しい」「SRLの鉢に植えたい」
この衝動こそが、現在に至るまでのブームを牽引し続けている最大の原動力です。彼がいなければ、今のアガベバブルは存在しなかったと言っても過言ではありません。
伝説のブランド:Invisible Ink.(インビジブルインク)
滝沢氏とも親交が深く、共にシーンを盛り上げたのがこのブランドです。「植物を入れる鉢が、20万円で取引される」。そんな伝説を作った三浦晋哉氏の手掛ける鉢は、ストリートカルチャーと植物を完全にリンクさせました。
「レアなアガベを、Invisible Ink.やSRLの鉢に植える」。これが、現代の男たちにとっての最高のステータス(上がり)となったのです。
【拡大期】2018年〜2019年:「チタノタ」ブランドの確立
この頃から、品種名(特にチタノタ)がブランド化し始め、園芸業界全体が動き出します。
聖地:鶴仙園(かくせんえん)
東京・駒込と池袋に店を構える老舗サボテン専門店。
古くからの確かな技術を持ちながら、NEIGHBORHOODなどのストリートブランドともコラボレーションを行う柔軟な姿勢で、「鶴仙園のタグがついている株」であることが一種のブランド保証となりました。老舗と若者文化が交差した、重要な場所です。
トレンド:「白鯨(はくげい)」の復権
昔からあった品種「白鯨(Titanota 'White Whale')」が、そのボール状のフォルムと白いトゲの美しさから再評価され、爆発的な人気となりました。「アガベ=白鯨」というアイコンが完成し、初心者がまず目指すゴールとなりました。
【熱狂期】2020年〜2022年:コロナ禍と「オテロイ」ショック
コロナ禍による「巣ごもり需要」が、ブームを決定的なものにしました。家の中で楽しめる趣味として、投資マネーも流入しました。
重要事件:「アガベ・オテロイ」の新種記載(2021-2022)
これまで全て「チタノタ(Titanota)」と呼ばれていたものの中から、グリーン肌で鋸歯が白いタイプが、学術的に「Agave oteroi(オテロイ)」として独立種認定されました。
これにより、マニアの間で分類に関する議論が白熱。学名への関心が高まり、よりディープな深掘りが進みました。
トレンド:ネームド株バブル
台湾や中国から輸入される、特定の親株から増殖されたクローン(シーザー、ハデス、SADなど)に数十万円の値がつくバブルが発生。ヤフオクやInstagramでの個人売買が過熱しました。
【成熟・変革期】2023年〜現在:LED栽培とメリクロンの波
市場は成熟し、育て方や入手の仕方が大きく変わりました。
革命的製品:Helios Green LED(ヘリオスグリーン)
農業用照明を販売していた株式会社JPPが開発した植物育成ライト。
「太陽光がなくても室内でアガベを徒長させずに育てられる」ことを証明し、日本の住宅事情を一変させました。これにより「室内でLEDとサーキュレーターを使ってガチガチに締める」スタイルが標準化しました。
黒船:Lize Gardening(リゼ・ガーデニング)
中国(福建省)の巨大ナーセリー。
組織培養(メリクロン)技術を駆使し、かつて数十万円した高級品種を、数千円〜数万円レベルまで価格破壊しました。
これにより、「子株は安く買える時代」が到来。「高い金を出して買う」時代から、「安く買って自分の腕で高く(カッコよく)する」時代へとシフトしています。
まとめ:これからの日本市場はどうなる?
こうして歴史を見ると、日本のアガベ市場は以下の3つの要素で構成されていることがわかります。
- 「ファッション性」(滝沢氏、SRL、鉢合わせ)
- 「コレクション性」(希少品種、ネームド株)
- 「育成技術(盆栽)」(LEDによる作り込み)
これからの日本市場では、単に品種がレアなだけでは売れません。
「誰が、どのような環境で、どれほど美しく仕上げたか」という、作り手(グロワー)のストーリーと技術が評価される時代に入っています。